福岡高等裁判所 昭和52年(行コ)28号 判決 1979年7月17日
控訴人 内田大作
被控訴人 西福岡税務署長
代理人 川勝隆之 小柳淳一郎 ほか四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
(申立)
控訴人
原判決を取消す。
被控訴人が、昭和四九年七月八日付で控訴人の昭和四七年度分所得税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分のうち、総所得金額五〇一万二、八七〇円、税額七九万四、八七六円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち一、六〇〇円を超える部分を取消す。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
との判決
被控訴人
主文同旨の判決
(主張)
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
当審における控訴人の主張
一 被控訴人のなした雑所得の認定について
1 雑所得には、所得税法上他の所得との間の損益通算規程がないので、雑所得に損失金が発生した場合に他の種類の所得があるとしても、当該所得と損益の通算が出来ず、俗に言う損し放しの結果となる不合理を生ずる。これは財産権を保障した憲法第二九条に反する。
2 被控訴人は、本件商品先物取引の委託契約に基づく所得について雑所得として課税しているところ、およそ、雑所得の性質については一回限りの所得というふうに考えられ、継続して又は多数の取引をすることは予想していないものというべきである。そもそも本件のような取引においては、一回限りのものでなく、一個の取引が翌年度にわたる場合もあるが、徴税当局において、利益はどこまでも課税するが損失金は認めないという態度を貫こうとして、もし投機的な経済行為について負の所得は考慮しないというのであれば、それは憲法上の職業選択の自由を侵害するものである。
3 してみれば、本件控訴人の所得は、雑所得ではなく事業所得と認定さるべきものである。事業所得とみることによつて損益通算が可能となり、損失金について本件のように所得に負の部分があるにもかかわらず、その負の所得に見合う部分の課税がなされるという不合理が消滅するからである。
なお、控訴人は他に本職を有しているとはいえ、数年度にわたりかつ各年間を通じて多くの取引をなし、その金額も多額に及んでいることを考えると、これを雑所得とみるのはもはや妥当ではない。
4 したがつて、控訴人の本件所得の種類の認定は前記のとおり憲法第二九条(財産権の保障)及び第二二条(職業選択の自由)にも関するものであつて、被控訴人のなした雑所得との認定は憲法に反するものと言わざるをえない。
二 本件所得の帰属年度について
控訴人が、訴外会社に対し成り行き註文を出した以上その取引は絶対的に成立する関係にあるから、控訴人の所得時期の発生は昭和四七年の大納会において成立したものとみるのが合理的である。
当審における被控訴人の主張
一 本件所得が雑所得であることについて
1 雑所得については、所得税法は他の九種類の各種所得のいずれにも該当しない所得をいう(所得税法第三五条第一項)旨の消極的な規定があるのみで積極的な要素に着目して定義した規定はない。すなわち、他の各種所得として認められるに必要な各要件を満たすに至らないものはすべて雑所得に分類されることになるのであるから、雑所得が一回限りの所得であることを要し、継続的または多数の取引にかかる所得は雑所得ではない旨の控訴人の主張は前記雑所得の性質の把握において誤りである。
2 本件において、控訴人の本件所得が積極的に事業所得としての要件を具備しているか否かについてみるに
(一) 事業所得にいう「事業」といいうるためには、単に有償性ないし営利性の有無、継続性ないし反覆性の有無のみならず、一般に事業と客観的に認識されうるだけの社会的実体を具備していることが必要である。
(二) そもそも商品先物取引は、短期間における価格の変動を利用して売買差益を稼ぐという投機性の強いもので、恒常的な収益を期待できるものとはいえず、本来事業に馴染みがたい性格を有するものであるが、控訴人は生活の資の大部分を本業である九州電気建設工業株式会社の取締役技術部長として同会社から得ており、その本業の余暇において、その余剰資産の運用のために本件商品先物取引委託契約関係を形成しているに過ぎず、そのための人的物的設備はなんら有しておらず、訴外会社を信頼しこれに完全に依存していた。
(三) 事業所得を生ずべき本業を開始した際には所轄税務署長に対し開業の届出書を提出しなければならないところ、控訴人はその開業届を提出しておらず、また控訴人自身も所得税の確定申告に際し商品先物取引にかかる所得を雑所得として申告し事業所得としての認識もなかつた。
3 所得税法が、雑所得につきいわゆる損益通算を認めていないのは次のとおり合理的な理由が存するのであつて、控訴人の憲法違反の主張は理由がない。
(一) 雑所得には種々の態様のものがあるが、必要経費が殆んどかからないか、また、かかつても収入を上廻ることのないのが大部分であり、これについて損益通算の規定を置くことが無意味である。
(二) 雑所得では、支出の内容が家事関連費的な性質を有するものが少くなく、これらについて損益通算を認めるとすれば、所得計算のあり方について混乱を生ぜしめるおそれがある。
(三) 支出内容が趣味的、娯楽的ないし奢侈的な傾向を有するものが少くなく、その支出には所得の処分たる性質が認められ、反面これによる収入は生活の資をうる目的ではなく余剰資産の運用によつて得られるもので、いわば副収入的な性格のものであると考えられるから、たまたま損失が生じたとしても担税力がないとはいえないというべきものであつて、これに損益通算を認めればかえつて課税上不合理を招来する結果となる。
二 本件所得の帰属年度について
成り行き註文にかかる売買は、多くの場合成立することになるかも知れないが、それは受託者が受託した註文を取引の場に出すことが前提であつて、受託者が受託した註文を売買取引の場に出さないにもかかわらず、当該委託にかかる売買が成立したとみる余地はないから、現実に委託にかかる売買が成立し決済が行われたときに損益が帰属するというべきである。
(証拠関係) <略>
理由
当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求は失当として棄却さるべきものと判断するが、その理由は次に付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
一 原判決七枚目表二行目の「き金額)」の次に「雑所得とみることができるか否かの点と雑所得であることが肯認されたとしてこれを」を加える。
二 原判決七枚目表四行目の前に「三」として次のとおり付加する。
そこで、控訴人の本件所得が事業所得である旨の主張について検討する。
1 所得税法第二七条第一項、同法施行令第六三条の規定によれば、事業所得とは「対価を得て継続的に行う事業から生ずる所得」を指称するところ、右にいう「事業」とは、社会通念に照らし事業と認められるもの、すなわち個人の危険と計算において独立的に継続して営まれ、かつ事業としての社会的客観性を有するものと解すべきである。
2 控訴人の本件商品先物取引の実態についてみると、<証拠略>および弁論の全趣旨によれば、控訴人は、九州電気建設工事株式会社取締役技術部長としての本業を有しているものであるが、昭和三五、六年ころから商品先物取引を始め、当初は小豆を中心にやがて毛糸、人絹等にも手をひろげ年間相当枚数の取引をしており、昭和四六年から訴外会社と取引するようになつたが、当初のころからの知己である訴外会社の会長加藤幸男に全幅の信頼を寄せ「支店長に権限をまかせるというふうな感覚」で同人に取引の代行をさせ、最終的には自分で判断することになるとしても、個々の取引に当つての委託買付等の計算報告書も訴外会社から一度も送付を受けたことがなく、加藤および訴外会社に殆んど一任し自己の計算で架空人名義の取引がなされていたことさえ知らなかつたことが認められ、右事実によれば、控訴人の本件商品先物取引が営利性、継続性を有することは認められるものの控訴人の余剰資金の運用を加藤幸男を通じて訴外会社に殆んど一任していたものであり、恒常的な収益をそこから容易に期待しえないばかりか事業としての社会的客観性にも乏しいものと言わざるをえず、いまだこれをもつて事業と認めることは出来ない。
3 控訴人は、本件所得が事業所得ではなく雑所得と認定されるとすれば、それは雑所得と他の所得との間に損益通算の規定が設けられていないことからして憲法上財産権及び職業選択の自由の侵害になると主張するが、所得税法が立法政策として所得分類制を採用しているのは、所得がその性質により担税力を異にし、担税力に即した公平な課税を行うために所得をその性質ごとに分類したうえその担税力に適した計算方法と課税方法を定める必要があることに由来し、雑所得と他の所得の間には所得の発生する状況に差異があり、雑所得においては、多くは余剰資産の運用によつて得られるところのものであり、その担税力の差に着目すれば、雑所得に他の所得との損益通算の規定がないことにはそれ相当の合理性を認めることができるから、それをもつて憲法第二九条、第二二条に違反するとの見解は採用できない。
三 原判決七枚目表四行目の「三」を「四」に、同八枚目表一一行目の「四」を「五」にそれぞれ改め、同行冒頭の「そこで、この点について検討するに」を「ついで、右損金を控訴人の昭和四七年の雑所得に計上すべきか否かの点について検討するに」に改め、同七枚目裏四行目冒頭に「(当審証人福島要の証言によれば、商品先物取引における成り行き註文の場合は商いが非常に少いとか売買の状態が一方に偏しているような特殊の場合を除けば取引が全部成立するものであることが認められるが、それとて受託者が受託した註文を取引の場に出したことが前提であつて、右のことから直ちに損益が確定するものと認められない)」を加える。
四 よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高石博良 鍋山健 足立昭二)